大切なこと

0歳児から教わった「不安」の意味と関わり方

こんにちは。
姫isほしのひろこです。

言葉て面白いなと思います。
受け取る人は
自分のストーリーの中で
意味づけするので、
ほぼ自分が思ったようには
届かないのではないか、
という最近の気付きです。

だからこそ情報発信をする人は
自分が発した言葉に責任を持って
わかりやすくお届けすることが
必要だなと思いました。

今日は、「不安」という言葉について
考えてみますね!

「不安」とは、
今まで自分の過去の経験則から、
目の前の出来事が自分にとって
安全安心かジャッチする感情です。

「不安」を感じるというのは
大人になった証拠かもしれません。

もうすぐ1歳になる末っ子が
先日初めてつかまり立ちをしました。

おもちゃのピアノに捕まり、
生まれたての子鹿みたいに
脚を踏ん張り、プルプルさせて
一生懸命立っている姿。

5歳4歳のお兄ちゃんたちが

「頑張れー頑張れー」と

横で声援を送ります。

自分が愛されていることを
知っている末っ子は
ニコニコしながら
果敢に立ち続けます。

「なんて可愛いんだろう..」

思わず涙が出てきました。

なんども失敗して
尻餅をついても、
一瞬前の過去に囚われず
未来へ向かって果敢に
挑戦していく姿を見ると、
子供のエネルギーはすごいなと
思わずには入られません。

0歳の末っ子に
「不安」はありません。

今この瞬間に全エネルギーを
集中させている。

「昨日立てなかったから、
 今日立てるかわからない.
   不安だ….」

なんてことはありませんね(笑)

赤ちゃんには「不安」が
ないんだなと改めて
気付きました。

もし何か自分で新しいことを
しようとした時に
「不安」を感じたのなら、
それは単に過去にやったことがなくて
経験則から判断できない、という
サインなんだと思います。

今学んでいるオンラインサロンでは
「不安な方が正解」
と学んでいます。

確かに、未知なる世界に
足を踏み込むことは怖い。
だから、自分の背中を押す言葉だと
いうのは納得!です。

でも、一方で
ある方とのやりとりで
こんな視点も学びました。

その不安というものが、
本当に未知なる世界への
ソワソワした幻想
に対するものなら、
自分の背中を押してよし。

不安と一体化する恐怖が
未知なるものへの幻想
であるならば、進んでよし。

でも、その不安と一体の恐怖の正体が
その人にとって致命的なもの、
大打撃があるもの、
進むことにより大きな痛手が
あるものであるならば、
進んではいけない、
ということなのです。

何がいいたかと言いますと、
言葉というのは
その時の状況、
その人の事情によって
いかようにも解釈できるということ。

だから、どんな名言も
受け手は自分事にしないと
いけないなーと思いました。

不安は正解でしょうか
不正解でしょうか。

その答えは
自分の中にしかありません。

「誰かに言われたから
 こっちにいこう」

これは、自分の人生を
生きていませんね。

「誰かにこう言われた。
 さて、今の自分の状況はどうだろう」

この最後の視点が
実はとっても大事ではないかなと
気付いた朝でした。

言葉を自分事にする♡


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