家族

子育てという名のフィクション

つかまり立ちをしていた子供が
手を離して歩こうとしている姿は
まるで生まれたての子鹿のように
おぼつかなく愛らしい。

 

考えてみると
子供にとっては大冒険で、
一歩踏み出す先には不安しかないと思います。

 
 
でも不安だからといって
「僕、転ぶのが不安だから歩くのやめようと思う」
という思考は働かない。
「歩いてみたい」ただそれ一点ですね。

 
 
本能で生きる子供を見ていて思うのに、
子供には
「やってみたい」
「やりたくない」
以外の選択肢はないんだと思います。

 
 
「⚪︎⚪︎が不安だからやろうかどうか迷っている」
という思考はないんじゃないかな〜。
 
  

 

「⚪︎⚪︎が不安だからやろうかどうか迷っている」
というのは「やりたい」んだと思う。 
本気で嫌なことは「⚪︎⚪︎が不安だから」という
考えは起きないからです。

 
 
例えば、絶対嫌なこと、
「ワニがいるかもしれない川で泳いで」と言われ
「泳げないことが不安なんだけれど・・・」
という考えは全くなく
絶対嫌なので、不安すらもわかない。

 
 
目の前にある壁に対して不安と感じるのは
「進みたい」という自分へのサイン。
進みたくないなら、不安なんて
そもそも感じないんだよなー、と
子供たちをみていて考えてましたー。

 
 
大人になるってややこしい。
賢くなる分、本能は鈍る。
親が子供よりも多く知っている
というのはフィクションかも知れない。
親は子供からたくさんのことを学んでいるのだから。

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