子供の可能性を最大限信じられる親でありたい。母親としていつもそう思っているのですが、その心を試されているんだなと感じるのが兄弟喧嘩です。なぜなら、思わず
「どちらかが怪我をするのではないか」
「このままほっておくと、どんどんエスカレートするのではないか」
などどちらかというと良くない方向ばかりを想像してしまい、間に入って丸く収めようとする自分を発見したからです・・・
子供の持っている力、子供達で解決できる力を信じていると頭では思っていますが、自分の行動がそうではないことに気がつきちょっと落ち込みました。
目の前に起きている兄弟喧嘩という事象は、私の親としての在り方を試されているな、と思いました。
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こんにちは、星野紘子です。ボーダレス美人ライフ、「働く」も「育てる」も暮らしの中に溶け込むような新しい女性の働き方・生き方を発信しています。
5歳になった長男と、3歳の次男はおもちゃの取り合いをしています。サンタさんにもらったおもちゃの車にのせるお人形をどちらが先に運転席にのせるのか。
弟は基本、お兄ちゃんが持っているものが欲しい。お兄ちゃんはプライドがあるので、渡さない。
そうこうしているうちに、取っ組み合いの喧嘩になり、弟が泣くというお決まりのパターンです。
ついつい力の弱い弟が泣かされると、お兄ちゃんを叱ってしまいがちですが、これはNGパターンだということはどんな育児本にも書いてあります。
「お兄ちゃんだから我慢しなさい」とか
「お兄ちゃんだから弟に貸してあげなさい」は
好きでお兄ちゃんになったわけはない上の子供の心に大きなダメージだということなんですね。
これは私が長女なので良くわかりますwww
と、言いつつも!わかっているつもりでも!思わず泣かされている弟をみると可哀想になり、口を出したくなります。お兄ちゃんを止めようとしたくなってしまいました。
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子供達の可能性を最大限信じられる親でありたいと願う私は
「子供は自分たちで解決できる能力があるはずだ」
「子供の喧嘩に親は出るべきではない」
という価値観を身に付けたいと思っていますが、まだまだのようですww
子供の喧嘩は、自分がどんな価値観を持って子供と接しているのかのお試しなんだなと感じます。可能性が無限な子供達の可能性を信じるのか、小さくてまだまだ何もわからない子供の未熟さを見るのか。
コップに入った水を、
「これだけしか水が入っていない」と見るのか
「こんなに水が入っている」と見るのかと似ていますね。
私は子供の可能性を信じる親でありたいです。目の前の兄弟喧嘩はそんな私の心の本気度を試している事象かもしれませんね。母親として5年目はまだまだ新米。子育ては親育て、って本当ですねww
頑張ります!