プライベート

なんで気象予報士になったの?②

★★ここまでのストーリー★★
バレエ学校で出会った現役お天気おねえさんに憧れて、私もそうなりたい!と思って始めた資格取得。6回目でやっと合格できたのですが…

なんとか試験に合格した私、もうすっかり有頂天になっていて「これでお天気お姉さんになれる!!」と確信していました。

同時は報道局で勤めていたこともあり、昼間は働いて夕方定期的に事務所に行って気象キャスターの練習をしました。

そこで気付きました。私…無理かも。

他にもキャスターになりたい方がいらっしゃったのですが私は自分に注目を浴びることにすっかり怖気づき、前に立ってカメラの前で話すことに全力で拒否したくなっていました。

本当にこれやりたかったのかな?うっすら浮かんだ自分の心があったのですが、これまでの苦労やかけてきた時間とお金を考えると、不謹慎だと思って、そんな気持ちはないことにしていたのです。

これは2010年秋のことでした。

2011年春にはオーディションがあるぞと噂があり、全力でブレーキをかけようとする私といやいやここまできたんだから頑張らないといけないという声と錯綜しわけが分からなくなっていた時期でもありました。

結局私はオーディションの候補に選出されることなく、事務所を去りました。

何も残っていない…

そう思いました。

せっかく取った資格をなんとか生かしたいと調べた結果、航空自衛隊で資格保持者を募集していることがわかりました。飛行機の離発着に気象のデーターが必要だとのこと。

「これだ!!」とピンときた私はそのまま横須賀基地に電話。

「あのー、気象予報士の資格を持っていて採用試験を受けたいんですけれど..」

(自衛隊の方)

「うーん、資格を取って働き口がないからって電話かけてくる人多いんだよね。自衛隊だよ、あなたは国を守る意識はあるの?」

(私)

「・・・・」

そのまま資料請求をすることもなく、電話で門前払いになって、このまま人生露頭に迷うんじゃないかと怖くなりました。

家に帰ってその話をすると、みるに見かねた弟が

「お姉ちゃん、Webの技術を身に付けたら?この先食いっぱぐれることないと思うよ。」

Webか-……

何を隠そう、当時の私のITスキルといったらもうお粗末な限りだったんですよ。

サーバーは倉庫の名前だと思っていたし、ホームページはどこか店先で売っていると思っていました。

パソコンは立ち上げたら全部yahoo!がうつると思っていて、IT関連の名前を聞くだけで耳を塞ぎお腹が痛くなるような拒否反応でした。

多分このような状況に追い込まれていなければ絶対に足を踏み入れることはなかったと思います。

でも背水の陣、後がない私はWeb専門学校に通うことにしました。

1年コース、終わった時にはWebサイトの作り方はもちろん各種技術は一通りマスターできるというもので60万位を教育ローンで組みました。

またその足で池袋のヨドバシカメラに行ってパソコンを新調しました。

さらにはWeb制作に欠かせないAdobeのソフトを買って総額100万円を下らないお金を数日で払いました。

Adobeのソフトを買ってパソコンを買ったその日、寝込みました。

自分が踏み出した世界への戦きと、強烈な不安、もうお金を払ってしまったことへの覚悟。

もう色々な気持ちが入り乱れて、これがうまくいかなかったどうしよう?に押しつぶされそうになりました。

なんで気象予報士になったの?③★ここまでのあらすじ★ 気象予報士の資格をとってもキャスターのオーディションになれず、自衛隊にも門前払い。見る見にかねた弟からWe...

★プロフィール★

時給から使命給へ。

使命給とは、お金を安定して生み出す「しくみ」と自分を管理運営する「こころ」を携えることで、ビジネスを通して貢献し成功する生き方のこと。

より豊かな生き方をする主婦、家庭の女性を増やす活動をしています。現在はお金の朝活をメインにご提案しています。

1978年生まれ。埼玉県在住。3人息子を絶賛育児中。趣味は料理とマイルを貯めての一人旅。緩やかなグルテンフリー生活を楽しんでいます。

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